脱ダイエット・とっておきの方法その7は参考になりましたか?
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「ダイエットとはオノレとの戦いである」そう言われてなんとなく「そうかもしれん…」と思う方もようけいると思うで。
それは人それぞれだとは思うんやが、例あげたろか,たとえばやなあ
「食べたいものがあるのに頑張って食べない」
「お腹がすいとるわけではおまへんのについ食べてしまう」
「運動せなならへんのは分かっとるのにしたくない」
「やせたほうがイイとは思うけど、今のオノレでもしょうがないとも思う」
やらなんやらダイエット中にさまざま葛藤を抱えて、しかもダイエットをしようと強く思えば思うほどその葛藤も強く複雑になっていき、まるでオノレの中にもう一人のダイエットを阻止するオノレがおるかのような感覚に陥ることが多いからだと思うで。
ほんで、これらオノレの中にもう一人の戦うべきオノレを発見した人は、まずダイエットにシッパイするか、仮に成功したとしても気を緩めたとたんにそのもう一人のオノレとやらが元気を取り戻し、もとの体型かもしくはあんはんが意図せぬ体型へとあんはんを導いていくことでっしゃろ。
なんでやねんこのようなことが起こるのか?
それは、ダイエットとは単に体重や体脂肪を減らすちう行為ではあっても、それを行うためには「何をどれくらい食べるか?」また「どないな活動(運動)をどれくらいの時間や労力をかけて行うのか?」を決めるちうほとんどオノレの人生を決めるに等しい活動であり、さらにはそれを行おうとするあんはんは、肉体的にも精神的にもどエライ複雑で変身に富む存在やからや。
ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん,要は、あんはんの人生そのものに深く関わるダイエットに「なんとなく」挑んだトコで、あんはんは常に「何のためにそれをするのか?」「結局あんはんはどないな人間になりたいのか?」「それであんはんは幸せになれるのか?」やらなんやらの人生の根幹に関わる問題の答えをあんはん自身に要求され、そのことに答えたくても答えられへん、答えとるが本心とズレとるやらなんやらの状況が先のオノレでオノレと戦っとる状況なのや。
ほんで、今後ちーとの間はこれら自分との余計な戦いをせんと、長期のダイエットをスムーズに成功させるための様々な考え方、手法についてお話をしていきたいと思うで。
まずは、当たり前ではあるが忘れてはならへん話。
それは、太るもやせるもあんはんの日々の選択しだいであるちうことや。
わいたちは、朝起きてから、夜寝るまで様々な場面で「選択」を行って生きていまん。
朝起きてまず歯を磨くべきか、顔を洗うべきか、朝食を食べるべきか、食べないべきか、朝食を食べるにしても「何を」「どれくらい」食べるべきか…。
わいもよーしらんがタブン習慣となってほとんど無意識に選択しとるものも合わせると、一日でも数百、数千、数万の選択を行って生きていまんねん。
ほんで、もしあんはんが今太っとるのであれば、それはこれまであんはんが行ってきた幾つかの(せやなかったら幾百かの)選択の結果なのや。
分かりやすい例をあげれば、のどが渇いた時に水ではなくジュースをむのはあんはんの「選択」や。
その結果、のどの渇きを癒すのとは別に、糖ちうエネルギーを摂取し(場合によっては脂肪細胞を肥大化させ)たことはそれに続く「結果」や。お腹が空いておらへんけど、お茶に誘われたついでにケーキを食べるのはあんはんの選択や。
その結果楽しい会話とは別に糖や脂質ちうエネルギーを摂取し(場合によっては脂肪細胞を肥大化させ)たことはそれに続く「結果」や。たまたま通りかかったテーブルの上にお菓子がおいてあったさかい、なんとなく食べてみるのはあんはんの「選択」や。
その結果…。
結局「太るもやせるもぜ〜んぶはあんはんの日々の選択の結果であるし、結果をより良く変えるためには日々のあんはんの生活をよりよい選択をもって行う以外はない」ちう大前提を肝に銘じなければなりまへん。
次に選択は積極的にオノレで行うちうこと。
「太るもやせるもあんはんが行う日々の選択しだいで決まる」これは疑いのない事実や。
トコロがこのダイエットのカギを握る選択を他人まかせにする人々がいまんねん。
例あげたろか,たとえばやなあ本当はお腹がいっぱいやので「食べない」ちう選択をするべきときに、どなたはんかにすすめられたお菓子をすすめられるまんまに食べたり、両親が作った料理やレストランで出された料理がオノレの体が必要とする以上のものやったとしても「行儀が悪い」「これまでそうしてきた」やらなんやらの理由でぜええんぶひとつのこらず食べてしまおうとする人々や。
これらの人々は、オノレの意思で積極的に選択するちう姿勢をとりまへんことで他人との摩擦を回避したり、その選択で問題が起きたときの責任を他人に転化できるちうメリットを享受することはできまっけど、やがてオノレの人生をオノレでコントロールしとる感覚は失っていきまんねん。
ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん,要はオノレの人生はオノレで変えることができるちう感覚を持てなくなっていくのや。そのような状況に陥った人にダイエットの成功はおまへん。
なんでかちゅうたら、ダイエットが成功するための必要条件の一つとして、オノレはオノレの力で変わることができるちう確固とした自信が必要やからです。
この続きはまた明日な。
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